国士舘大学工学部(現理工学部)を卒業した伊藤直樹さんは、修士課程を修了後にドイツに留学して博士号を取得します。ちょうど同じ頃、関口先生は在外派遣でウィーンの大学に滞在し、現地でのお二人の交流が始まりました。その後帰国した伊藤さんは、民間企業を経て、公募で本学の経営学部の准教授に就任します。今回は関口先生と伊藤さんの対談を通して、国士舘大学が目指すAI・データサイエンス教育についてご紹介します。
理工学部の繋がり
- 編集部
- まず関口先生からお伺いしますが、国士舘大学の理工学部では、どのような研究をされているのですか?
- 関口
- 僕の専門は理論物理学です。ここ20年ぐらいは、主にスーパーコンピューターを使って、宇宙初期の状態を明らかにする研究を行っています。宇宙の始まりの状態をシミュレーションして、宇宙がどのようにしてできたのか、特に物質の質量がどのように生成されたのかなどを調べています。
- 編集部
- 理工学部のゼミで、このようなことを学生に教えているのですか?
- 関口
- いえいえ、物理学に関連している内容で学生の興味に合わせてテーマを設定して研究してもらっています。また、本学の特色として、理科や数学の教員を目指す学生が多いので、その方面の教育にも力を入れています。
- 編集部
- 伊藤さんは工学部の卒業生ですよね。関口先生のゼミで学ばれたのですか?
- 伊藤
- いや、私は関口先生のゼミではありません。関口先生と繋がりができたのは、大学院に進んでからです。
- 関口
- 伊藤くんが修士課程にいたとき、僕のティーチングアシスタントを2年間担当してくれたんです。それで彼のことを知るようになりました。
- 編集部
- ティーチングアシスタントとは、どういう役割ですか?
- 伊藤
- 主にやることは、学部の学生の演習サポートですね。学びの進捗が遅い人などをフォローする役割で、授業中に個別指導みたいな形でやっていました。確か、電気電子工学の授業だったと思います。国士舘大学に理工学部ができる前の工学部の時代です。
- 関口
- 伊藤くんは丁寧に学生のことを教えていたよね。後輩の面倒見のいい人だなと思って見ていました。
- 編集部
- いま、伊藤さんは国士舘大学の経営学部で准教授をされていますね。理工学部出身の伊藤さんが、なぜ経営学部なのですか?
- 伊藤
- そうですね。そのあたりの話をすると長くなりますが……。
- 編集部
- はい、その長い話をぜひお聞かせください。
ウィーンでの交流
- 伊藤
- 私は大学院を卒業した後、博士号を取りたいと思って、ドイツの大学に留学しました。いまから20年ぐらい前のことです。2003年の3月に修士を出て、半年間ドイツの語学学校に通い、9月からデュッセルドルフ近郊にあるビーレフェルト大学に入学しました。
- 関口
- ちょうど同じ頃に、僕は国士舘大学の在外派遣研究員として、ウィーン工科大学に行っていました。2003年の6月から9月までの3ヶ月間。そこで伊藤くんと会ったんです。彼がちょうど語学学校に通っていたときです。
- 伊藤
- そうですね。関口先生がウィーンにいるよと聞いて、じゃあ、お会いしてみようかなと思って遊びに行きました。いま考えると、かなりピンポイントのタイミングですよね。
- 関口
- そうだよね。僕も向こうに行ったばかりでプラプラしていたし、伊藤くんも語学学校の学生だったから。
- 編集部
- 伊藤さんはその後、ドイツの大学でどんなことを研究されたのですか?
- 伊藤
- その後はビーレフェルト大学をやめて、同じドイツにあるポツダム大学の博士課程に進みました。そこでは非線形のグループにいて、時系列解析の研究をしていました。気候変動に関する降雨量のデータとか、堆積物の画像データを用いて、その堆積物があった年代の気候を推定するようなことです。
- 編集部
- なかなか難しそうですね。もう少し具体的にいうと、どういうことですか?
- 伊藤
- 天気予報などで、よく「エルニーニョ」という言葉を耳にしませんか。あれは太平洋の海水温の変動のことで、地球全体の気候に影響を与えることが知られています。それと同じことがインド洋でもあって、インド洋の海水温を測ることで、気候変動が予測できるのではないかということを研究していました。ただ、私の場合、研究している期間がちょっと長かったというか、博士号を取るのにかなり時間がかかりました。
- 編集部
- 伊藤さんは、ドイツにどのくらい滞在していたのですか?
- 伊藤
- 合計すると12年ぐらいですか。ポツダム大学には10年近くいました。基本、大学から放任されていたので(笑)。向こうの大学は早く卒業しろとか、せっつかないんですよ。
- 関口
- そうだね。ウィーンも同じだけど、2年ぐらい勉強して、そこから2、3年企業で働いて、お金を貯めてまた大学に戻って研究する、そんな学生がけっこういるんですよ。
- 伊藤
- 関口先生も、「いつ博士課程を終えるんだ」とかおっしゃらないので、そういう意味では助かりましたね。温かく見守っていただいていた感じで(笑)。
- 関口
- ドイツもオーストリアも、みんなのんびりしているからね。博士課程なら、学位を取るのに10年という事もあります。そこが日本とは違いますね。
- 編集部
- 関口先生はウィーン工科大学で、どのような研究をなさっていたのですか。
- 関口
- いまやっている研究の前段階のものですね。研究内容としては、素粒子の複合粒子(中間子)の質量を第一原理から証明しようとするものです。この研究ができたのは、本学の用意してくれた研究環境がよかったおかげだと思っています。そして、僕の研究を最も理解してくれたのがウィーン工科大学の研究者たちで、いつ来てもいいよと、小さい研究室を用意してくれました。それでウィーンにはちょくちょく行くようになりました。伊藤くんもよく来てくれたよね、ウィーンに。
- 伊藤
- そうですね。先生がウィーンに来られる度に、ほぼほぼ行ってました。
- 編集部
- ウィーンで会ったときは、お二人で何をされていたんですか?
- 関口
- 何をしてたっけ? 食事をしながら、近況報告とかですかね。
- 伊藤
- 私はヨーロッパの雰囲気が好きで、特にオーストリアは独特の文化の香りがするんですよ。建物なんかも、きらびやかな印象があって。一緒に街を巡っていると関口先生がいろいろ解説してくださるんです。それも楽しかったですね。
- 関口
- オーストリアにはカフェの文化があって、ウィーン工科大学の先生たちも学生をカフェに連れていって、そこで議論をするんです。僕も彼らにいろんなカフェに連れていってもらいました。そういうところに伊藤くんと行ったかな。ヨーロッパは居心地がいいので、いつまでもいたくなってしまうんですよ(笑)。
帰国後の活躍
- 編集部
- 伊藤さんは、その後どうされましたか? ドイツから日本に帰って。
- 伊藤
- 最初は向こうで就職活動をやっていました。ポストドクターといって、博士課程を取った人が研究できる仕事があるんです。ただ、なかなか自分の研究に合致するポストがなくて。そこで視野を広げて、大学の研究職にこだわらずに就活をしました。その結果、日本の企業に就職することが決まりました。
- 関口
- 僕も伊藤くんに就職先を紹介したことがあったよね。オーストリアの企業で日本に進出したいというところがあって。その会社が、オーストリアのことを知っていて、博士号を持っている日本人を採用したいということで。あれはどうしてダメになったの?
- 伊藤
- 博士号がいつ取得できるか微妙なところだったので、タイミングが合わなかったんだと思います。その節はありがとうございました(笑)。
- 編集部
- 日本の企業では、どのような仕事をされたのですか?
- 伊藤
- データ分析の仕事ですね。企業のデータを預かって、そこから企業の業績に貢献できるような分析結果を導き出すことをやっていました。まさにデータサイエンティストの仕事ですけど、当時はデータサイエンスという言葉そのものがありませんでした。
- 編集部
- そこで国士舘大学のAI・データサイエンス教育に結び付いていくのですね。ところで、そもそもデータサイエンスとは何でしょうか。
- 伊藤
- データサイエンスは、基本的に統計学と確率論で、大学のアカデミックでやっている基礎理論的なことの積み重ねです。それをどうビジネスの分野に応用して使うかということですね。私がドイツでやっていた研究は、対象が気候変動や堆積物の分析でしたが、ビッグデータを扱って予測するという意味では同じです。
- 編集部
- 伊藤さんは昨年度の国士舘大学の公募によって、教員として採用されたと伺いました。どのような経緯があって国士舘大学に来られたのですか?
- 関口
- 国士舘大学では令和5年度から、3,000名以上の全学生を対象に必修科目として「数理・データサイエンス・AI教育」を行っています。学生にはオンラインのオンデマンド形式で履修してもらいますが、全学を挙げてオンライン授業としてAI・データサイエンス教育に取り組むのは日本でも稀な試みです。そのためにデータサイエンティストの存在が必要で、昨年の8月に公募を実施しました。伊藤くんが帰国して企業に勤めていたことを知っていたので、僕の方から応募してみたらと、声がけさせていただきました。
- 伊藤
- 公募のお話をいただいたときは、正直いってびっくりしました。しかも、データサイエンティストとして雇うというお話しだったので、ぜひにと思って応募しました。
- 関口
- データサイエンティストは非常に稀少な存在で、日本にはなかなか人材がいません。どこの大学も採用するのに苦労しています。それで伊藤くんに声がけをしましたが、とはいえ大学が実施する公募なので、必ず採用になるとは限りません。公平公正な審査がありますから。伊藤くんが選ばれたと聞いてたいへん嬉しく思いました。
- 編集部
- 伊藤さんは、いまはどのようなことを国士舘大学でされていますか?
- 伊藤
- 今年度の4月からスタートした、全学生対象の「数理・データサイエンス・AI教育」の動画教材を作成しています。学部横断的なものなので、どこの学部の学生でもちゃんと理解できる基本的な内容になっています。データサイエンスとは何かといったところがメインですね。例えばどういう業界で、どういうデータが売り上げの予測に使われているかなど、できるだけ具体的な事例を紹介して、誰でも分かりやすいものにしています。
- 関口
- 全学の3,000名以上の学生を対象にしたAI・データサイエンス教育を、しかも必修でやるというのは、ものすごく大胆な試みです。でも、これからの時代は、たとえ文系であろうと、データサイエンスのリテラシーを高めておくことは重要だと感じています。いまChatGPTが話題になっていますが、今後生成AIをどのようにビジネスに活用していくかは、社会にとって最大のテーマになっています。
- 編集部
- そのために、データサイエンティストの存在が重要になるわけですね。
- 関口
- その通りです。データサイエンスは、ビッグデータを使って価値を見出していくことですが、今後はデータの解析にもっとAIを使うようになるでしょう。そういったことを大学教育の中で、しかも全学生を対象に必修科目で教えていくことに、国士舘大学は着手しました。
- 伊藤
- 私が最終的に経営学部の教員として就任したのも、その意味合いが大きいと思っています。AI・データサイエンス教育は、文系・理系に限らず、これからの社会人に必須のリテラシーであるという認識を持っています。
大切なのは人の繋がり
- 編集部
- そういう意味では、これからの国士舘大学にとって伊藤さんの存在は大きいですね。
- 関口
- ちょうどタイミングがよかったですね。彼がデータサイエンスの分野に進み、それが社会に貢献できる内容になってきた。彼の学生時代はだいぶ長かったようですけど、でも、自分の好きな研究をとことん貫いた結果、こうして大学教育に立派に貢献できる存在になりました。
- 編集部
- 好きなことをとことんやる、それが大切なのですね。
- 関口
- そうです。僕は学生にいつも「自分に合った学びを身に付けて欲しい」と言っています。自分なりの学びの形を大学の間に見つけなさいと。学び方は人それぞれなので、学び方を押しつけてはいけないと思っています。これには僕の実体験が関わっています。僕は進学校に通っていて、試験で高得点を目指す受験勉強が自分に合わずに成績が下がり、すっかり自信をなくした時期がありました。そんな状況で、高校時代は好きな音楽ばかりをやっていました。音楽が一時期、僕の居場所になっていたのですね。
- 編集部
- 先生がですか? 信じられません。その後どうされたのですか?
- 関口
- 結局、音楽の道には進まずに、もう一つ好きだった物理の道を志すことになります。自分なりの学び方に出会うまでに時間がかかってしまい、二浪してようやく大学に入りました。ただ、大学で出会った先生方が素晴らしく、自分のやりたいことを学びたいように学ぶことができ、その後大学院でもさまざまな先生方に所属大学の枠を超えて指導していただきました。学びを通した出会いが、人生を豊かなものにしてくれると僕は確信しています。
- 編集部
- 学びを通した出会いが、人生を豊かにする……。
- 関口
- そうです。何かを学び続けることで、いろいろな人との繋がりができ、絆が生まれていく。その絆によって助けられることもあれば、人を助けることもできる。今回の伊藤くんと僕の繋がりもそうですね。だから、学生にはいつもよい縁を大切にしなさいと言っています。
- 伊藤
- 私自身も今回、このようなご縁をいただけたことを、嬉しく思っています。
- 関口
- データサイエンスとは何かというと、つまるところ「人と人を繋ぎ、新たな価値を創造する」ことだと僕は考えています。大切なのはAIや統計といった解析手法ではなく、データを介して人と人を繋ぐことです。僕は修士時代の伊藤くんを見ていますので、彼には人と人を繋ぐ才能があると感じていました。だから本学に来てもらえたことは、非常にありがたいと思っています。
- 編集部
- なるほど。データサイエンスと聞くとドライで無機質なもののように感じますが、人と人を繋いで人生を豊かにしてくれるものなのですね。
- 関口
- そうなんです。今後、伊藤くんにはまた新たな社会貢献の場を用意しています。内容については、まだちょっとここでは言えないのですが、近々お話しできるようになると思います。
- 編集部
- そうですか。それは楽しみですね。伊藤さんはご存じなのですか?
- 伊藤
- いえ、私はまだ知らないんですけど。まぁ、どんな無茶振りが来るか、覚悟はしています(笑)。
- 関口
- 伊藤くんに話すときは、もう決まったことだからね。やるって(笑)。
- 伊藤
- 「はい、やります」って、返事はそれしかないですよね。関口先生からのご依頼では(笑)。
- 編集部
- これからが楽しみですね。今日は素敵なお話をありがとうございました。
関口 宗男(SEKIGUCHI Motoo)
国士舘大学 理工学部 基礎理学系 教授
●博士(理学)/日本大学 理工学研究科 物理学専攻 博士課程修了
●専門/素粒子物理学、計算物理学
伊藤 直樹(ITOH Naoki)
2000年度 工学部(現理工学部)卒業
国士舘大学 経営学部 准教授
掲載情報は、2023年のものです。