編集部: 先生は政経学部の「政治学科」で、どのようなご研究をなさっているのですか?
私の専門は、行政学と公共政策です。というと難しそうに聞こえますが、要は、よりよい政府の形態、あり方を考えるということです。みんなが幸せに暮らせるようにするためには、どうすればいいかを考える学問ですね。
日本は民主主義の国です。ところが、デモクラシーという言葉を「民主政治」ではなく「民主主義」と訳してしまったことで、「自分の権利を主張すればいいんだ」という誤解が生じたように思います。みんなで決めたことをみんなで守るというのが、デモクラシーの基本。それを「主義」としたことで、やたらと権利を主張するクレーマーが生まれ、また、政治家の方も公約ではリップサービスするが、それを担保する議論が不十分という現象が起きています。デモクラシーの基本が忘れ去られているのです。
今まではそれでよかったけれど、これからはそうはいきません。20世紀と21世紀では、政府の形態が大きく変わっていかなければならないという構造変化が前提にあります。なぜなら、これからの日本では、世界でも類を見ないほどの人口減少が予想されるからです。人口が減り、財政も苦しくなるので、政府にできることは限られてきます。となると、すべてを国や地方にまかせてはいられない。国民も権利ばかりを主張していられなくなる。これからは住民が自分たちで政治を作っていくという、民主主義の基本に立ち返る必要があるのです。どうやって、21世紀にふさわしい政治の形態を作っていくか、こうした部分が、今後の行政学や公共政策の大きな課題になっているのです。
編集部: 「政治学科」は来年度から「政治行政学科」に名称変更の予定です。それと関係する話でしょうか。
はい。大いに関係することだと思います。「政治行政学科」に名称変更する理由は、大きく2つあります。1つは、本学には公務員志望の学生が非常に多いということ。「政治学科」というより「政治行政学科」と称した方が、対外的にも分かりやすいという理由です。
もう1つは、今申したようなアカデミックな理由です。これからの日本は、政治だけでは、つまり理念や目的だけでは社会はよくなっていかないと思います。方向性を決めるという意味での政治は依然として重要ですが、そこにもっと具体的な話が必要となってきます。社会的な資源がどれほどあって、その資源を手段に変えて実行したときに、どれほどの効果をもたらすのかといったことですね。具体的な政策効果を踏まえた上で、政治と行政をやっていかないと、空理空論に終わってしまいます。いままでの政治学に、根拠をもう少し学問的に与えていく必要があると思っています。
編集部: 政治や行政の変化に即して、大学の学びも変わってくるということでしょうか。
そうです。今までの行政活動は、どちらかというと政治が決めたことをひたすら実行していくということでした。でも、これからは違います。政治や行政にできることには限界がある。そうなると、自分たちでできることは自分たちでやっていこうとなってきます。政治や行政に頼らずとも、他にもいろんな問題の解決方法があります。コミュニティで力を合わせてやる方法もあるし、企業と住民が協力してやっていくという姿もあるでしょう。政府はもちろん、NPOや企業や住民など、さまざまなセクター間のネットワークの関係性を、これからの政治や行政では考えていかなければならない。こうした時代のニーズに即した学びを、新しい「政治行政学科」は取り入れていくことになると思います。
編集部: 先生はどのような授業をご担当されているのですか?
私は今のところ「現代行政学入門」「都市政策入門」「政策デザイン」「電子政府論」「行政特殊講義」などの授業を担当しています。この中でユニークなのは、「行政特殊講義」という授業でしょうか。これは公務員を志望する学生を対象に行っているもので、公務員の2次試験の合格を視野に入れて、学生の資質を高めていこうという授業です。
今、団塊の世代が退職しはじめた影響で、公務員の採用は若干上向いていますが、それでもなかなか厳しい状況が続いています。「ただなんとなく」「安定しているから」というだけの理由で公務員になるのは難しい。じゃ、どうすれば合格できるか、それを具体的に、戦略的に考えていこうという授業内容です。
たとえば、2020年に東京オリンピックが開かれますよね。今後日本にやってくる外国人はますます増えてきます。警視庁の警察官の採用数は900名ですが、このうち専門職として採用される通訳の数はわずか5名です。現場に語学のできる警察官がいたら、これは役立つでしょう。採用する側もそういう人が欲しいはずです。英語はもちろん、中国語やアジア諸国の語学ができれば採用はかなり有利になるかもしれません。また、インターネットの犯罪も増えているので、「情報処理技術者」とか「システムアドミニストレーター」などの資格があれば、これも加点の材料になる。このように、漠然と公務員を目指すのではなく、どんな公務員を目指すか、相手はどんな人材を求めているか、ここを戦略的に考え、学んでいけば、公務員試験の合格率は格段に上がると思います。
編集部: ゼミも受け持たれていますね。ゼミではどのようなことを教えてらっしゃるのですか?
私は2年生から4年生までのゼミを受け持っています。ゼミの学びの内容は学年によって異なりますね。ちなみに2年生の春は、まず一緒に本を読むことをやります。本の内容を理解し、まとめて文章にしたり、発表したりする力を身に付けていきます。また、2年の後期は、「幸福」について考えるということをやっています。たとえば学生に「幸福とは何か」について原稿用紙1枚ぐらいで書いてもらいます。最初は、ほとんどの学生が「自分の幸福」についてしか書いてきません。そこには社会性が欠如している。で、「君たちは何のために政治学科に来たんだ」と言って、書き直させるわけです。何回かやっているうちに、次第に他者への視点が生まれてきます。一人称の幸福論から二人称の幸福論へ、三人称の幸福論へと発展していくわけです。私は学生にこう言うんです「自分の幸福だけだったらすぐに飽きてしまうよ」と。好きなゲームをやっていれば幸せかもしれないけど、それに飽きたらもう終わりでしょう。でも、他者と一緒に流した汗や涙、分かち合った幸福は違う。次のエネルギーになるんだよと。これが他者との関係です。こういうところから社会性というものを学生に意識させるようにしています。
編集部: 3年次以降のゼミでは、どのようなことを学びますか?
3年次に入ると、学生は卒論の準備に取りかかります。テーマを決め、読む文献を決めていきますが、それと同時に、新聞に出ている時事問題を取りあげ、考えていくという訓練もやっていきます。そこにはどういう問題があり、解決するためにはどういうアプローチがあるのか。いろんな角度からの検討方法があり、どうやれば結論まで導き出せるか、その方法論を学んでいきます。
もう1つ、みんなにやってもらうのは、中小企業の新しい技術を探して、発表することです。もし、自分がその会社の営業マンだったら、どうやってその技術を売り込み、会社を発展させていくか。こういう具体的なテーマを取りあげて訓練を積むと、考えが広がり、発想力が身に付いてきます。社会人として生きていくための土台となる基礎を築くわけです。
編集部: このようなゼミの学びを通して、学生はどのくらい成長するのでしょうか。
学生の成長には、目を見張るものがありますね。伸びる子は本当に伸びます。たとえば、今3年生の女の子がいるんですが、彼女が2年生のときに、突然私のところにやってきて、こう言うんです。「先生、このまま何もしないでいたら、私は何も身につけないまま卒業して、社会に出て行くことになると思う。どうやって実力を付ければいいんでしょうか」って。そうやって真剣に相談に来るって、すごいでしょう。こういうのを私は「覚醒」と呼んでいるんですが、覚醒した子はめざましく伸びますね。私は彼女と2つの約束をしました。1つは、授業を受けるときは必ず前から三列目までに座ること。それともう1つは、友だちを「さん」付けで呼ぶこと。これは社会人としての基本ですからね。こうやって覚醒した子は、思考や行動のパターンまで変わってきて、付き合う友だちすら変わってしまうことがあります。要は、成績や学力ではないんですね。大切なのは、危機感なんだと私は思う。危機感を持っている人は、将来のリスクに備えようとする。だから伸びるんです。成長するんです。こういう指導は、大人数ではできません。少人数制のゼミがある国士舘大学政経学部のいいところだと思います。
編集部: ところで、先生ご自身は、どのようなきっかけで政治や行政の道に進まれたのですか?
私ですか。特に若い頃からこの道を志したというわけではないんですが、ただ、中学とか高校の時代は、哲学的な少年でしたね。人間とはどういう存在なのかということを考え、フロイトなどを読んでいました。そこから人間と動物はどう違うのかなどに興味を持ち、動物行動学の著書などを読むようになりました。そんな中で、「人間というのは何と身勝手な生き物なんだろう」という思いが芽生えましてね、でも、自分も含めて人間をやめるわけにはいかない。となると前向きの方向を模索するしかありません。どうやったら幸せになれるんだろう、幸せな社会が作れるんだろう。そこがベースにあってこの道に進んできたのかもしれません。まぁ、ちょっと変わっていた人間でした。だから、少し変わっている子と波長が合うんですよ。勉強ができるとかできないとか、そんなことはどうでもいい。ちょっと変な人間に来てほしいですね。人生に真剣に向き合い、悩んでいる子ほどウェルカムですよ。
編集部: 先生は、学外でもいろんな活動をなさっていますね。
学外での活動はいくつかパターンがあって、1つは地方公務員の研修の講師ですね。先ほども申しましたように、これから政治や行政は大きく変わっていく必要があります。新しい地方自治をどう考えていくべきか。こういったかなり先端的な尖ったこと話を、新人の公務員の方などを対象にお話しています。
もう1つは、自治体の委員会の委員としての活動です。まちづくりの基本構想や計画を作るお手伝いと、これに関連して、まちづくりの将来像を住民参加でどう描いていくか、住民の方に集まってもらって意見をまとめたり、ビジョン作成のサポートなどもやっています。また、昨年の11月には国会の「経済産業委員会」に参考人として招致され、地方活性化と中小企業の活性化の話をさせていただきました。
編集部: 最後になりますが、政治学科の学びを通じて、どのような人材を育成したいとお考えですか?
国士舘大学を出た学生は、もちろんいろいろな卒業生はおりますが、全体的に見ると社会の真ん中で活躍する人が多い傾向にあります。会社で言えば中間の管理職でしょうか。中間にいて苦労するかもしれませんが、この層が頑張れば、社会は確実に動きます。自分が頑張れば、頑張った分だけ、社会の変化を実感できるわけです。
別の言い方をすると、これまでの社会の制度や仕組みは一部のエリートが主導してできてきたものです。ですが、何度も申しますように、それはもう限界に来ている。21世紀の新しい政治や行政では、変化が大きい“現場”こそが重要なんです。私がよく学生に言うのは、「君たちが現場にいて変化を捉え、社会の上部に入り込んで、自ら変革する立場についてほしい」ということです。
大きな変化は、上から眺めていても分かりません。たとえばダムの崩壊も、小さな穴や亀裂から始まるわけで、ミクロの視点というか、現場でリアルに起きていることを知ることが大切です。国士舘の政経学部を出た学生には、ぜひ、社会の中核を担う立場になって、これからの日本をよりよい方向に変えていってもらいたい。そういう優れた人材を育成していきたいと考えています。
平石 正美(HIRAISHI Masami)教授プロフィール
●政治学修士/早稲田大学大学院政治学研究科博士前期修了、東海大学大学院博士後期満期退学
●専門/行政学・都市政策