政経学部の明晰

編集部: 先生のご専門の計量経済学というのは、どういう学問なのでしょうか?

 少し難しいので簡単にお話しましょう。たとえば物の値段って、どうやって決まると思いますか? 一般的には需要と供給の関係で決まると言われています。需要が供給より多いと価格は上がる。需要が供給より少ないと価格が下がる。価格が上がると需要が減り、供給は増える。価格が下がると需要が増え、供給は減るので、やがて需要と供給が一致して、そこで価格は落ちつくと。価格と需要・供給の関係は一応理論として描写できます。
 ところが1920年代になって、理論はいいけれど、それを現実に応用するには、「一方が上がれば他方が下がる」という大ざっぱなものではダメだという考えが出てきました。きちんと数字を出して、明確なものにすべきだと。たとえは政府が一兆円財政出動すると、どのくらいの経済効果があるのか。「なんとなく景気がよくなる」では、一兆円ものお金は出せませんよね。費用対効果が数字で見えなければ説得力がない。そこで計量経済学が誕生しました。経済の理論と現実を、数式を使って結び付けるわけです。たとえば阪神が優勝すると経済効果はいくらになるか。こういったことを計量経済学で導き出せるようになったのです。

編集部: たとえば、どんな数式を使うのですか?

 計量経済学を学ぶ学生にまず教えるのは、ケインズの「消費関数」の式ですね。というと難しそうに聞こえますが、実は当たり前のことを式にしただけです。
 経済学は大きく2つに分かれていて、一つは市場の価格や需要と供給などを扱う「ミクロ経済学」。もう一つは国家規模の経済政策などを扱う「マクロ経済学」です。ケインズはマクロ経済学の創始者といわれる人物です。
 マクロ経済学が生まれたきっかけは、1929年の世界大恐慌でした。それまで市場にまかせておけば経済はうまくいくと思われていたのに、大恐慌のときは様子が違った。街に失業者が溢れ、工場には使われない設備がある。働きたい人がいて、遊んでいる工場があるのだから、工場で人を働かせれば生産は拡大するはず。なのに、そうはならなかった。なぜだろうという疑問が生まれたのです。これを解明する手がかりとなったのがケインズの消費関数でした。
 ケインズは、消費需要は価格の調整で決まるのではなく、所得水準によって決まると考えました。そして頭の中にあった考えを、次のような式にまとめたのです。
「C=α+βY」  Cは消費で、Yは所得です。この式が意味するのは、「Y(所得)」が増えれば、「C(消費)」が増えるということ。「なぁんだ当たり前じゃないか」と突っ込まれそうですが、当時の経済学者はこんなことは考えもしなかった。まさにコロンブスの卵だったわけです。

編集部: この式で、所得と消費の関係が解明できてしまうのですか?

 いや、単純にそうは言い切れません。なぜなら経済はとても複雑にできているからです。自然科学は自然界の美しい法則を見つけ、それを数式で表そうとします。自然の法則はとてもシンプルだから。でも、人間の営む経済は、自然界よりも複雑で、単純な式では表せません。それをあえて数式化するのは、実社会に役立てるためにです。消費と所得の関係にしても、本当の姿はもっと複雑だけれど、理論を現実に役立てるために、あえて単純化して数式にしているのです。
 たとえば前述の式に「β」という係数があります。これは「限界消費性向」というもので、増えた所得のうちどれくらいの割合を人が使うかを表しています。1万円所得が増えても、全部使っちゃう人っていませんよね。増えたうちの何割かは貯蓄にまわしたりする。実は、この「β」を推定することによって、お金が人びとの間をどう流れていくかが具体的に見えるようになるのです。実際には、「β」の数値は過去のデータから統計学的方法で割り出します。統計学と数学と経済学が三位一体になったのが、計量経済学という分野なのです。

編集部: なるほど、経済の世界は自然界ほどシンプルではなく、一筋縄にはいかないということですね。

 人間が関わるものですから、どうしても複雑になりますね。それともう一つ、自然科学との違いで言えば、経済学では実験ができないという点が挙げられます。試しに一兆円の経済対策をやってみる、なんてことは絶対に不可能ですからね。では、どうするかというと、経済学者は頭の中で徹底的に考えるんです。脳内シミュレーションをする。そのために複雑な現実をあえて単純化して、数式に置きかえて考えるんです。多少現実とのずれがあってもいい。あえて現実を単純化して分かりやすいものにし、そこで何が起きているのかを考察する。そうして導きだした結論を、現実に役立てていくのです。建築家が家を創るとき、いきなり家を建てませんよね。まず模型を作って全体を眺められるようにして構想を練っていく。計量経済学における数式は、この模型のような役割を果たしているのです。

編集部: 先生は計量経済学の中で、どんな研究をなさっているのですか?

 私は特に景気の分析に注目して研究しています。景気というものは、そもそも一律のものではなく、国や地域によって違います。その違いの程度や関連性の強さをどうやって計るのかに関心があります。
 世界的に「地域の景気」が注目されたのは、EUの統合が議論され始めた頃です。民族も文化もバラバラの国を一つにまとめていくとき、各地域の景気の変動はどうなるのかを経済学者たちは気にしていました。景気の変動が同じようなら、EU全体で一律の景気対策を講じた方がいい。でも、逆に地域でバラバラだったら、一律にやるとかえって弊害が出てくるでしょう。日本においても、消費税増税を先送りするかどうか、景気の指標をみて総理が判断を下しましたが、景気は地域によって異なり得るものですから、もし、日本全体の景気が良いと思って増税していたら、景気の悪い地域は深刻なダメージを負っていたかもしれません。そう考えてみると、地域の景気を分析することが大切だということが分かってきます。では、地域の景気やその関連性はどうやって計ればいいのか。その分析方法をテーマとして私は研究しています。

編集部: そもそもどんなきっかけで、経済学の道に進まれたのですか?

 きっかけは小学校6年の頃に遡ります。当時私はパソコンが好きで、シミュレーションゲームにはまっていました。「三国志」とか「信長の野望」とかいったゲームです。自分が武将になったつもりで、全国統一を目指して戦国の諸国と闘っていくわけです。戦をして領土を広げていくのですが、合戦で勝てば石高が増えていく。武器や兵も増えて国力が増していく。コンピュータが規定のアルゴリズムに従って、裏でゲームを動かしているんですね。私はゲームをやりながらも、どうやってコンピュータは計算しているんだろうということに興味がありました。そのあたりから経済学に意識が向いてきたのだと思います。幸い私は数学が得意だったので、自分でも向いていると思っていました。それで大学受験のときには、経済学をやろうと決めていました。

編集部: 計量経済学という難しいものを、どうやって学生に教えてらっしゃるのですか?

 そうですね。授業では、できるだけ具体的な例を用いて、面白く学べるように工夫しています。たとえば、この間の3年生のゼミでは、自分が証券会社の社員になったつもりで、お客様に投資の提案をしてもらいました。「この株とあの株をセットで買うといいですよ」と、お客さんに提案してもらうのです。ただ勧めるだけじゃ、誰も株なんか買いません。計量分析のテクニックを使って、より説得力のある提案をしてもらうという試みです。どの株を買えばいいかは、数字で比較すれば一目瞭然ですからね。社会に出て大切なのは提案する能力で、まずそれを身に付けてもらいたいと考えています。
 それから、架空の「iPhone7」という商品を開発したという設定で、資金を金融会社から調達するためのプレゼンもやりました。販売する商品の魅力はどこにあるのか。たとえば「通信の制限がない。いくらでも通信できます」とか「うちのスマホは象が踏んでも壊れません」とか。架空の話なので、ばかばかしい提案でいいんです。とにかく楽しんで、面白がって、自由に発想することを大切にしています。経済学は想像力が大事になる学問なので、学生のうちから自由に発想する訓練をして、社会で役立ててほしいと思っています。

編集部: 計量経済学を学ぶうえでは、やはり数学が得意である必要があるのでしょうか?

 それはよく聞かれる質問ですね。私は必ずしも数学が得意である必要はないと考えています。もちろん理論を応用するためには数式が必要で、ですから数学や統計学を避けて通るわけにはいきません。しかし、じゃ計算能力が求められるかというと、そんなことはありません。いまはコンピュータが計算してくれる時代ですから、最近は、この手の計算はエクセルが全部やってくれます。コンピュータがはじき出した数値を判断するのが人間で、その判断こそが大切なのですね。数字の意味を正しく解釈し、説明できる人間になってほしいと学生には言っています。

編集部: 経済学を学ぶと、社会に出てどのようなメリットがあるのでしょう。

 そもそも経済学とは、世の中に存在する問題の中から本質的な部分を抽出し、どうやればその問題が解決できるかを考える学問です。だから、経済学を学ぶと考える力が養われるんです。この「考える力」は、社会人になって人生を歩んでいく上で、さまざまな場面で役に立ちます。「経済学を勉強するとかしこくなるよ」と私が言っているのは、そういう意味です。
 アニメのガンダムをご存じですか。ガンダムには、水中専用、宇宙専用、砂漠専用など、それぞれの場所で活躍するロボットが登場します。でも、ガンダムはさすが主人公だけあってオールマイティなんですね。水の中でも、森の中でも、宇宙でも、どこでも戦える。経済学を勉強すると、社会のどこでも通用するガンダムみたいな人になれますよと私は言っています。バランスの取れた、汎用性の高い人材になれるということですね。

編集部: 毎年ゼミ合宿に出かけるそうですが、合宿にはどんな目的があるのですか?

 ゼミ合宿は、3年の終わりの頃に行くのですが、去年は山梨県のアミューズメント施設に日帰りで行きました。今年は2泊3日で大阪にあるアミューズメント施設に行きました。去年と今年で日程が違うのは、すべて学生にまかせて決めてもらっているからです。大学から補助が出るので、去年はその範囲内で行こうということになりました。今年は予算に自分たちでプラスして、ちょっと豪華な旅にしようということでしょう。
 どこへ行こうかという話し合いから、研修の目的や日程など、学校に提出する書類の作成はすべて学生にやってもらっています。ゼミ旅行という一つのイベントを自分たちでマネジメントするわけですから、これはいい学びになります。自主的に考え、行動する能力を身に付けてほしい。こういう経験は就職活動にも役立つと思います。

編集部: 最後にお聞きしますが、計量経済学の学びを通して、どのような人材を育てようとお考えですか?

 そうですね。社会に出ると、いろんな問題があるんですよ。その問題に対して解決策を提案できる人になってもらいたいと思いますね。そのためには、まずどんな問題が世の中にあるのかを、新聞やテレビのニュースを見て知ってほしい。次に、その問題に対して専門家が何を言っているのかを学んでほしい。見識ある人の意見に耳を傾けることですね。その上で、じゃあ自分だったらどうするかを考えてほしい。つまり、自分なりの解決方法を提案するのです。大切なのはそのとき。「こうすればなんとなくよくなる」じゃダメなんです。なぜ、それがいいかを説得できなければ意味がない。相手を説得する力、これは非常に重要な能力です。その説得力を付けるのに、計量経済学の学びが役立つのです。
 経済学は複雑な現実の現象に対して、どうやったら解決策が見いだせるか、その工夫を積み重ねてきた学問です。学生が将来社会に出て、パッと見「どうしたらいいか分からない」という問題に出会ったとき、経済学ならどう考えるかなと、思い出してみてほしいのです。問題解決の力として、経済学の思考の道筋を活かしてほしい。その力を生涯磨いて、国士舘大学の建学の精神にあるように、世のため、人のために役立つ人間になってほしいと願っています。

石山 健一(ISHIYAMA Kenichi)准教授プロフィール

●経済学博士 岡山大学文化科学研究科博士課程修了
●専門/計量経済学

掲載情報は、
2014年のものです。