編集部: 政経学部の政治学科では、どのようなことを学ぶのでしょうか。
政治学というと、どうしても堅くて難しいイメージがあります。そこで国士舘大学政経学部の政治学科では、学生が自分の進路に直結した形で学べるように工夫をしました。政治学科には、学生の将来の進路を見据えて3つのコースが用意されています。
一つは「政治と人間コース」です。これは政治の歴史や思想、哲学など、政治と社会のあり方について学ぶコースです。昨年ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の授業が話題になり、この分野はずいぶん人気が出てきました。二つめは「行政・公共政策コース」です。これは主に公務員養成を視野に入れたコースで、地方自治や行政学、地方分権論などを学びます。三つめは「国際関係・地域研究コース」です。ここでは国際政治、国際関係、外交史などを学ぶことができます。
学生は自らの進路を視野に入れ、何に力点を置いて学びたいのかを考えながら、3つのコースの中から好きな授業を選ぶことができます。専門性を持たせながら、幅広い分野から選択できる、自由度の高い学びの体制を築いています。
編集部: その中で先生は、どのような分野を担当なさっているのですか?
私が担当しているのは「地方自治入門」や「地方分権論」といった授業です。政治学科のコースでいえば「行政・公共政策コース」になりますね。政治学科の学生は公務員志望が多いので、将来の進路とも関連して、関心の高い分野だといえるでしょう。
私はこれまで、主に地方分権について歴史的な観点から研究してきました。政治学や行政学といった社会科学は、理科系の学問と違って実験することができません。そのため外国と比較したり、歴史をひもといたりといったことが中心になってきます。私の場合は歴史的に見て、なぜ日本では分権がなかなか進まないかということを研究してきました。日本の分権は明治からずっと議論されてきましたが、戦後の改革期を除いて大きな進展はありませんでした。ようやく議論の積み重ねが実って、1995年から2001年にかけて日本でも分権改革の扉が開きました。第一次分権改革と呼ばれています。一方で、税財源の分権化や、国民の関心の低さなど、まだまだ課題も山積みです。このへんのことは授業でも話しています。
編集部: 地方分権の研究で、イギリスに行かれていますね。
2005年の夏から1年半ほど、国士舘大学の学外派遣研究員の制度で行かせていただきました。ずっと日本のことをやってきたのですが、当時、英国はブレア政権の時代で、イギリスでも分権がキーワードになっていました。それでケンブリッジ大学を中心に、いくつかの都市や大学を訪ねて、地方分権の研究をしてきました。
もともと英国というのは、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドという4つの国が連合したものなんですね。特にスコットランドはイングランドと対等意識が強く、98年から99年にかけて分権改革が進み、かなり強力な権限をロンドンの議会から認められました。日本の場合は地方分権というと行政の分権を意味しますが、英国の場合は立法権の分権なんですね。スコットランドでは週に2~3回、議会に通って傍聴したり、行政府の役人の話を聞いたりしました。
また、イギリスには「パリッシュ」という、日本の市町村より小さい連合町内会みたいなものがあります。そこを何カ所か訪ねてヒヤリングしました。パリッシュは暮らしに密着した身近な行政の仕事をやっています。公衆トイレや公園、バスの待合所の維持管理などですね。議会もあって選挙で議員を選出しています。議員は無給で、月に一度ぐらい平日の夜に集まって議論をします。議題は家の新築許可とか、屋台の営業許可とか、そういう身近なことを真剣に議論します。その後はみんなで町のパブに出かけて、飲みながら続きをやったりするんですね。私はそこに民主主義の原点を見たような気がしました。
編集部: 先生はなぜ、政治や行政の分野に興味を持たれたのですか?
私は高校生の頃から社会科が好きで、特に組織とか制度のことに興味があって、理想的な生徒会のしくみやルールについて考えたりしていました。もうひとつは世界史が好きで、大学では本当は西洋史をやりたかったんです。ところが、結果的に私が選んだのは、英米文学科の理財(経済)専攻というコースでした。そのことがずっと頭にひっかかっていましてね。それで、大学2年のときに思い切って別の大学に編入しようと決意しました。西洋史への興味の延長でキリスト教の神学を学ぼうと思ったんです。それで編入試験を受けたんですが、見事に落ちましてね、すっかり目標を見失ってしまいました。入学した大学に残って、政治系のゼミに進み、行政を学ぶようになりました。自分自身、いろいろ紆余曲折があったので、私には道に迷っている学生たちの気持ちがよく分かるんですよ。自分もあっちこっちつまずきながら生きてきましたから(笑)。
編集部: 学生に政治学を教えるうえで、何か工夫されていることはありますか?
政治や行政の話はなかなか難しいので、単なる制度論や歴史にとどめずに、できるだけ身近な事象と関連づけて教えたいと思っています。それでいうと、大阪市の橋下市長のやっていることなどには、学生は興味を持ちますね。「大阪都構想」なんていうと、それまであまり関心のなかった府と市の関係や、都制度といったことにも学生は注目するようになります。ああいうネームバリューのある人の発言は、効果がありますね。実際に都構想を実現するためにはいくつかのステップが必要で、なかなか難しいとは思います。区の合併も必要になりますし、また、大阪が都になると、東京もいまの23区のままでいいのかという議論も出てくるかもしれません。これまであまり注目されなかった政令指定都市や、都と特別区の関係など、地味な題材にも、橋下さんのおかげで注目が集まってきました。学生の関心も高いので、授業の題材としてはちょうどいいかなと思っています。
編集部: ゼミではどのような内容の授業を行っているのですか?
ゼミではなるべく自主性を重んじて、私が与えたテーマに、学生たちが自ら取り組むという形でやっています。以前はゼミで教科書を決めて、読んできてもらって発表するということをやっていましたが、それだと難しいんですね。発表する本人はやりますが、他の学生の関心が低く、教室でなかなか議論が盛り上がらない。教員が一方的に教えるという形には、どうしても限界があります。そこで学生を3つぐらいの班に分けて、自分たちで調べて発表してもらうプロジェクト形式に変えてみました。すると、みんなよくやるようになるんです。学生同士、刺激を受けるんでしょうね。友だちがやっているんだから、自分もやらなくてはという気持ちになるようです。
今年は、2年生の基礎ゼミと3年生のゼミで、東日本大震災のことを取り上げました。2年生には3月11日以降、8月半ばぐらいまで、大学の図書館にある朝毎読の三大紙の新聞を全部読んでもらいました。大震災についてのすべての記事に目を通して、防災のヒントとなるキーワードを抜き出し、レポートにまとめるという作業です。また、3年生のゼミでは、東日本大震災とボランティアをテーマに発表してもらいました。自分たちで学内アンケートを実施したり、実際にボランティアに参加して現地の生の声を拾ったりしていました。最終的には論文の形にまとめて、学部内の「政治研究所」という組織の紀要に載せたいと思っています。ちなみに去年の3年生のゼミは、東京商工会議所が開催する学生参加型のプレゼンテーション大会に参加しました。梅ヶ丘の商店街をいかに活性化するかというテーマで、学生自身、知恵を絞って発表しました。こういうゼミでの活動は、就職活動をするときのいい自己PRにもなるんです。
編集部: 先生は学科主任として、公務員ガイダンスや 美化活動なども活発になさっていますね。
はい。授業以外にも、教員と学生がいっしょになって、いろんな活動をやっています。
公務員ガイダンスでは、公務員試験に合格した四年生やOBに来てもらって講演をしてもらっています。公務員試験は孤独な勉強で、モチベーションの維持が難しいんですよ。年齢的に身近な先輩の話は学生もよく聞きますし、質疑応答なども活発になります。我々が授業をするより、みんなよっぽど真剣に聞いていますね(笑)。
また、政治学科の先生方と学生で近所の美化活動もやっています。地域をよくすることから日本をよくしようということで、身近な地域を清掃しています。かれこれ五年は続いていますね。学校のまわりを知るひとつのきっかけになるし、先生方にとってはいいコミュニケーションの場にもなるようです。
そして、先日は政治研究所の方で、他大学の先生をお招きして講演会を開きました。テーマは「東日本大震災-行政組織の危機管理」です。学生はもちろん、一般の方にも聞いていただきたいので公開形式にしました。
こういった活動は、大学からの情報発信ということで定期的にやっています。継続することが大事だなと私は思っています。また、こういった活動をホームページにアップして、受験生や保護者の方はもちろん、広く一般の人々に知ってもらうことが大切だと思っています。
公務員ガイダンス
美化活動
講演会
編集部: 最後に、政治学科の学びを通じて、どのような力を学生につけさせたいとお考えですか?
ひとつは突破力ですね。いまの学生は、教えられることに慣れていて、自分の力で切り開いていこうとする力が乏しいように感じます。社会は厳しい。大学を出て、社会で生きていくためには、自分の力で道を切り開いていくしかないんです。だから、自分で探す、自分で考える、自分で切り開くといった力をつけさせてあげたいと思っています。そのためにゼミなどは、学生の自主性を重んじた形でやっています。
結局、教員にできるのは、情熱を持って授業をすることぐらいだと思います。我々が意図的にこのような人材に育てたいと思っても、なかなかその通りにはいきません。学生を育てたり、知識を伸ばしたりというのはとても難しいことだと思います。だから、私は授業をするとき、「何かこれだけは伝えたい」という思いを持ってのぞみます。いろんな情報を真剣に提供してあげる。その中から学生が自分で気づいたり、何かに出会ったりして、自分のスイッチが入ればいいなぁと思っています。あ、これ面白い、これ楽しい、やってみようかな、頑張ってみようかなって思うことが大切なんです。自分で何かを見つけ、自分で切り開いていくところ、それが大学なんじゃないでしょうか。でも、あんまり頑張りすぎてもいけない。無理をすると続かなくなりますから。私たちの美化活動と同じで、継続することも大切なんですね。
石見 豊(IWAMI Yutaka)教授プロフィール
●博士(情報科学)。東北大学大学院博士課程修了
●専門/行政学、地方自治、地方分権
掲載情報は、
2012年のものです。