理工学部の創造

編集部: 都市ランドスケープ学系で、学生はどんなことを学んでいるのですか?

 「ランドスケープ」とは景観や風景という意味です。ですから、私たちが対象にしているものはすごく幅広くて、山や川といった自然環境から、橋や道路といった暮らしを支える社会基盤施設までを扱う学問です。簡単に言うと、まちにあるもののうち、建物以外は全部対象だと思ってください。でも、単にこうしたもののつくりかたを学ぶわけではありません。つくられるものがどのように周囲の自然や環境、歴史や文化と調和できるかを考え、そこに住む人のことに思いを馳せながら、風景を、暮らしを、デザインしていくわけです。このように、周囲に広がる環境を含め、まち全体のことを考えて計画し、デザインするのが、ランドスケープデザインです。
 学生たちはここで、地域の歴史や景観・自然環境を活かしたまちづくりや、公園や水辺などのオープンスペース、また使いやすく長持ちする橋などの構造物のデザインに関する勉強を行っています。また、安全な暮らしやまちの環境を支えるために必要な、防災やエネルギー問題などの技術も学んでいます。
 このふたつの学びによって、次世代のまちづくりを担うプランナーやエンジニアを育てているのが、都市ランドスケープ学系です。

編集部: 先生ご自身も、やはり大学でランドスケープを学ばれたのですか?

 そうですね、僕は大学で社会工学科という都市計画を学ぶ学科で、いまの専門でもある景観研究室に所属していました。卒業後は、大学3年生の時の課題がきっかけで橋を好きになったこともあって、建設コンサルタントに就職して、橋の設計をしていました。仕事自体はかなり楽しかったのですが、橋の設計をするうちに、川や橋詰広場も一緒にデザインできればもっと良い風景になるのにと思うようになってきました。つまり橋だけをつくっても、まちは変わらない。その頃、東京大学で景観を教えていらした篠原修先生が、まち全体を考えていくためには、橋は橋、川は川というのではなく、分野を横断して、いい風景をつくるためのコラボレーションをすべきだと唱えられ、それを実践されていました。その先生のところでぜひ学びたいと思い、会社を思い切って辞めて東大に入り3年間学びました。

編集部: 「都市ランドスケープ学系」では、どのような授業をされているのですか?

 たとえば3年生では、具体的な場所を対象とした設計演習をおこなっています。つまり、自分たちで、住み良いまちにするためのアイディアを考え、それを具体的な空間(模型)としてまとめあげ、プレゼンテーションする授業です。去年の課題は、「みんなの居場所があるまち」というテーマで、それを実現するのに最も適した大学周辺の200坪の公共空間をデザインするというものでした。自分たちで設計する敷地を選んでもらうのは、まちにとって大事な場所はどこなのかから考えてもらいたいからです。また、200坪という小さい面積にしている理由は、その場所をデザインすることで、どんな波及効果をまち全体に及ぼせるかを考えてもらいたいからです。たとえばある学生は、交差点の四隅を選び、交差点の形状を変えるといった提案をしてきました。こうすると、交差点を変えただけですが、まちの雰囲気はガラッと変わります。また、別の学生は、世田谷線の駅の近くに銭湯があるのですが、そこまで駅から直接出られる路地をつくり、帰りに一風呂浴びてビールぐらい飲める場所をつくるということを考えました。人付き合いの希薄になった都市で、人と人の心をつなぐきっかけになればという考えです。いろいろなアイディアが出てきて、僕自身もわくわくできる授業です。

編集部: 国士舘大学は、デザインコンペで3年連続入賞しているとうかがいましたが……。

 はい、それは「景観開花」という土木のデザインコンペです。国土交通省と東北大学が主催しているもので、3年のゼミ課題として応募しています。コンペでは例えば、「新しい道の駅のあり方を考える」といった課題に対して、自分たちで具体的な場所を選び、設計プランを提出して競います。ちなみにその課題では、うちの学生たちは、「道の駅」の多くが町はずれにつくられていることが問題だと考えました。なぜかというと、道の駅で休憩してお土産を買ってしまうと、本当の町に寄る必要がなくなってしまうからです。そこで学生たちは、長野県の江戸時代に宿場町として栄えた場所を選び、小学校の廃校跡を利用して、道の駅を町の中心部につくることを提案しました。そこにはお土産売り場を置かず、お土産は町の中で買ってもらう。こうすれば、自然と人々の足は町へと向かいます。そして、道の駅には町の人たちが気軽に利用できるスペースを用意する。結果的に、休日は観光客が、平日は町の人が、それぞれに利用できる魅力的な道の駅の設計プランになった点が評価されました。このようなアイディアコンペで入賞すると自信もつきますし、なにより何が問題なのかに気づき、それを解決するにはどうしたら良いのかを考えることが求められるのでいい訓練になるんです。

編集部: なるほど、いい勉強になりそうですね。

 そうですね。学生たちも楽しんでやっています。ただし、たいへんですけどね。このコンペに限らず、うちのゼミは、時間内に終わることがほとんどなくて、3時間、4時間と平気でやっています。結構忙しいと思いますが、学生から愚痴を聞いたことはないです。僕の耳に入っていないだけかもしれないけれど(笑)。
 たぶん、みんなで没頭してひとつのことに取り組むのはけっこう楽しいのだと思います。遅くまで研究室に残って、夕飯を食べながら、みんなでいろいろ話しています。僕は、研究室は第二の家族だと思っていますので、こういう雰囲気はとても大事だと考えています。研究室には、3年生から大学院生までがいますので、学生同士の縦のつながりも生まれます。卒業しても続く関係が、理系学部のいいところです。

編集部: キャンパスを出て、フィールドワークに出かけることはあるのですか?

 それはやりますね。可能であれば月に一度くらいのペースで、研究室の学生や院生と一緒にまち歩きをしています。たとえば先日も、横浜市にある「和泉川東山の水辺・関ヶ原の水辺」という河川整備の実例を見学に行きました。信じられないかもしれませんが、ここは、もともと三面をコンクリートで固められたドブ川だったんです。それを横浜市の下水道局の方がたが情熱を傾けられ、緑の多い非常に魅力的な水辺空間に変えたわけです。小学生が遊びに来たり、子供連れのお母さんたちがお弁当を食べに来たりと、魅力的な場所が生まれると人が集まってきます。それに川が整備されてから、隣接する住宅地のイメージも上がったと聞きました。ちなみに、この事例は2005年の土木学会デザイン賞を受賞しています。こうした土木の実例の他にも、たとえば銀座などは明治からの都市計画の宝庫なのですね。そういう街を見に出かけることもやっています。授業で写真を見るだけでは、なかなか分かりませんよね。百聞は一見にしかずで、現場に来て、その場所に立って、空気を肌で感じたり、匂いをかいだりして、初めて理解できることってやっぱりあると思います。

編集部: 授業では、どのようなことを大切にされていますか?

 学生には、大学にいる間に、考える力を養ってほしいと思っています。高校までの勉強では、必ず正解と導き方が載っていますよね。でも、社会に出ると正解も導き方も載っていない問題ばかりに取り組むことになる。そこで必要なのは考える力だと思うんです。だから大学にいる間に、「思考力」や「発想力」を養ってもらいたい。授業ではできるだけ考えるきっかけを提供したいと考えていますし、授業に限らず学生にはいろんなことにアンテナを張って、なぜそういうことが起こるのかを考えて欲しいといっています。僕らの分野は、教科書だけが学ぶ材料ではないので。
 たとえば、テレビのニュースで保育園と老人ホームを一緒にして成功した例が報道されたとします。お年寄りが子供のために、保育園の掃除をしてあげる光景が流れる。それを見て「へぇ」で終わるのではなく、その背後に何があるかを考えてもらいたい。老人ホームも保育園も、お金を払ってサービスを受ける施設ですよね。サービスを受けるべき人が、自主的にサービスを提供しているわけです。かわいい子供たちのために何かしてあげたいと考えたということですよね。人はお金よりも、役に立ちたいという思いで動くこともある。もうちょっと言うと、誰かの役に立っているということが、自分を元気づけているということもあるわけです。そうすると、保育園と老人ホームだけではなく、誰かの役に立つという組み合わせを作れば、他にも相乗効果の出るケースはあるんじゃないかと、自分の考えを広げてほしいんです。こういう「発想力」や「考える力」は、社会に出てきっと役に立ちます。だから、大学では大いに考え、悩み、他人と議論してほしいです。

編集部: 学生たちには将来、どんな道に進んでほしいとお考えですか?

 僕の希望としては、学生には自分の育った市町村に戻って、故郷のまちづくりに関わってほしいと思っています。これからはダムのような大型の公共事業は無くなって、その代わりにまちを元気にするための仕事が主流になってくるでしょう。そうなると、まちのことをよく知っている人間が必要になってきます。もともと地元で育っているので、親戚や同級生もいる。こういう人的ネットワークはまちづくりの上でとても役に立つのです。
 それともう一つは、実際に空間や構造物を造り上げる仕事に関わってほしいと考えています。国士舘大学の理工学部は、伝統的に土木の現場で活躍する優秀な人材を輩出してきました。その意味で日本の公共事業を支えてきた大学の一つだといってよいと思います。ただ最近は、現場の意味がかなり誤解されていて、かなりマイナスのイメージを持たれています。要するに、単に体力だけが求められる仕事だと思われているわけです。しかし実際には、知識や経験に裏付けられた技術力に加え、不測の状況に対する決断力、そして一緒にものを造り上げる職人さん達の力を引き出す統率力といった、非常に高度で総合的な力が求められる仕事です。そしてなによりも、自分が関わったものが100年後も残る、つまり子供や孫にも自分のやった仕事を実際に見てもらえるという非常に誇りを持てる仕事だと思います。ですから、そうした魅力をきちんと伝えていき、理工学部の伝統でもある「ものづくり」を根底から支える人材も育てていきたいと思っています。
 とはいえ、僕自身この道に進んだのは、高まいな夢や理想があってのことではありません。たまたま高校のとき好きだった女の子が建築に進むというので、それよりも大きそうな都市計画を選んだわけで、動機は非常に不純なんです。でも結果的には、大学で面白いと思うことに出会ったわけです。今の子たちは、自分が何に向いているのかを先に考えてしまう傾向がある。周りがそうさせているのかもしれません。これはかわいそうです。自分が何に向いているかなんて、死ぬまで分からないと思っています。向いているか向いていないかではなく、おもしろいかどうか。とりあえず、おもしろいと思ったことをやってみる。そして、行った先で精一杯努力すれば、道はその先に、自ずと開けてくると考えています。

二井 昭佳(NII Akiyoshi)教授プロフィール

●東京工業大学工学部卒業、東京工業大学大学院修士課程、東京大学大学院博士課程、工学博士
●専門/景観、土木デザイン、まちづくり

掲載情報は、
2011年のものです。